旧臘行われた選挙の結果が出るや否や、弁護士や市民団体が、一票の格差を理由に選挙の無効を求める裁判を各地の裁判所で起こした。最近は選挙のたびにこの種の訴えが起こされるが、まことにもっともなことで、最高裁や各高裁が、違憲、あるいは違憲状態の判決を何回も出しているにもかかわらず、旧臘の選挙は定数を5減にしただけで行われた。まじめに定数問題に取り組んだとはとてもいえない。
要するに、日本の国会は何の対応もとれず、自浄能力のなさを露呈し続けている。今後も国政選挙のたびに同様のことが起こり、訴訟が行われ、違憲・違憲状態の判決が出されるのであろう。最終的には最高裁が業を煮やして「違憲・無効」判決を出すまで、このような状態が続くのかもしれない。しかし、国会は各党の思惑がぶつかり合うため、制度の見直しができない。
これは現在の選挙制度に大きな問題があるためだ。現在の選挙制度は、あらかじめ定数を決めてから、それを配分して選挙を行う「定数ありき選挙」である。定数を選挙区に割り当てるため、一票の格差が生じるのだ。だが、これは選挙区の定数を有権者で決めれば簡単に解決する。ここで問題になるのは小選挙区である。小選挙区は定数が1人だから、定数を有権者数で決めることが不可能だ。であれば、小選挙区をやめればいいのである。旧臘の選挙でも、京都のある選挙区では公明党と共産党しか候補者がいなかった。東京でも自民党の候補者がいない選挙区があった。自民党支持者からみれば肩すかしをくっているわけで、これほど有権者を馬鹿にした制度はない。他の政党支持者はもっとそう感じるだろう。
比例代表もしかりである。比例代表は届け出がなされた政党に投票する。「支持政党なし」が有権者の半数を占めるのに、政党名を書かせるというブラックジョークである。
選挙区は都道府県がブロックごととし、最も有権者の少ない県がブロックの有権者の数を基準に定員を決めれば、一票の格差が2倍を超えることはない。当然、選挙のたびごとに定数・定員が変更する可能性はあるが、それでも何も困らない。困るのは減る選挙区の候補者だけで、それは彼らの問題である。
これを実施すれば、衆院の定数は現在の半数以下にすることができる。そもそも国会議員が多すぎる。憲法を改正して参院も廃止してしまえば、国会議員にかかる膨大な経費を大幅に削ることができる。さらには投票率が50%をきった選挙区については、選挙を無効とし、当選者なしとすればいい。ついでに政党助成金も廃止しよう。
これとは別に、世襲問題も考えなければならない。だれそれの子供、孫、妻などというのは、国会議員の資格に何の関係もない。にもかかわらず、現職の閣僚もふくめ、議員は世襲だらけで、まさに家業と化している。だが、国会議員の家族だからといって、国会議員になれないのは、人権問題でもある。そこで、当該国会議員がその職を辞してから一定期間、配偶者と3親等以内の親族は同一選挙に同一選挙区から立候補できないようにすればいいのである。その間、第三者が当選するわけだが、一定期間をへてその第三者を押しのけて当選してこそ世襲の避難を免れることになろう。
インターネットがこれだけ普及した現代、選挙カーによる連呼や選挙掲示板による候補者紹介はやめた方がいい。費用がかかるばかりだ。われわれが知りたいのは、連呼される名前や大首絵のような顔写真ではない。政策と実行力である。国会はもう少し、選挙についてまじめに取り組んでもらいたい。(引用元:産経新聞 大野敏明編集員)
要するに、日本の国会は何の対応もとれず、自浄能力のなさを露呈し続けている。今後も国政選挙のたびに同様のことが起こり、訴訟が行われ、違憲・違憲状態の判決が出されるのであろう。最終的には最高裁が業を煮やして「違憲・無効」判決を出すまで、このような状態が続くのかもしれない。しかし、国会は各党の思惑がぶつかり合うため、制度の見直しができない。
これは現在の選挙制度に大きな問題があるためだ。現在の選挙制度は、あらかじめ定数を決めてから、それを配分して選挙を行う「定数ありき選挙」である。定数を選挙区に割り当てるため、一票の格差が生じるのだ。だが、これは選挙区の定数を有権者で決めれば簡単に解決する。ここで問題になるのは小選挙区である。小選挙区は定数が1人だから、定数を有権者数で決めることが不可能だ。であれば、小選挙区をやめればいいのである。旧臘の選挙でも、京都のある選挙区では公明党と共産党しか候補者がいなかった。東京でも自民党の候補者がいない選挙区があった。自民党支持者からみれば肩すかしをくっているわけで、これほど有権者を馬鹿にした制度はない。他の政党支持者はもっとそう感じるだろう。
比例代表もしかりである。比例代表は届け出がなされた政党に投票する。「支持政党なし」が有権者の半数を占めるのに、政党名を書かせるというブラックジョークである。
選挙区は都道府県がブロックごととし、最も有権者の少ない県がブロックの有権者の数を基準に定員を決めれば、一票の格差が2倍を超えることはない。当然、選挙のたびごとに定数・定員が変更する可能性はあるが、それでも何も困らない。困るのは減る選挙区の候補者だけで、それは彼らの問題である。
これを実施すれば、衆院の定数は現在の半数以下にすることができる。そもそも国会議員が多すぎる。憲法を改正して参院も廃止してしまえば、国会議員にかかる膨大な経費を大幅に削ることができる。さらには投票率が50%をきった選挙区については、選挙を無効とし、当選者なしとすればいい。ついでに政党助成金も廃止しよう。
これとは別に、世襲問題も考えなければならない。だれそれの子供、孫、妻などというのは、国会議員の資格に何の関係もない。にもかかわらず、現職の閣僚もふくめ、議員は世襲だらけで、まさに家業と化している。だが、国会議員の家族だからといって、国会議員になれないのは、人権問題でもある。そこで、当該国会議員がその職を辞してから一定期間、配偶者と3親等以内の親族は同一選挙に同一選挙区から立候補できないようにすればいいのである。その間、第三者が当選するわけだが、一定期間をへてその第三者を押しのけて当選してこそ世襲の避難を免れることになろう。
インターネットがこれだけ普及した現代、選挙カーによる連呼や選挙掲示板による候補者紹介はやめた方がいい。費用がかかるばかりだ。われわれが知りたいのは、連呼される名前や大首絵のような顔写真ではない。政策と実行力である。国会はもう少し、選挙についてまじめに取り組んでもらいたい。(引用元:産経新聞 大野敏明編集員)
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韓国のベトナム大虐殺の真実
引用文献:「正論」産経新聞社出版・2014年7月号
筆者:北岡俊明 氏(シンクタンク戦略大学代表・日本ディベート研究協会会長)
北岡正敏 氏(神奈川大学名誉教授・京都大学工学博士)
ベトナム戦争に出兵し、民間人を大量虐殺した韓国軍。
現地には、被害者の追悼碑や残虐非道を描いた壁画が数多く残されている。
まだ国際的に明らかにされていない、韓国の人類史的犯罪を紹介する。
ベトナム戦争中の韓国軍による民間人大量虐殺の犠牲者の数は以下表1を参照ください。
(表1)

筆者が立ち上げた「韓国軍の戦争犯罪調査チーム」が平成25年9月と平成26年2月の二度にわたり
ベトナムを訪問調査した結果に基づく。それをベトナムの地図にプロットしたものが以下図1。
(図1)

調査した慰霊碑は19カ所、韓国軍により殺戮された犠牲者の名前がひとりひとり刻まれ、その数約2800人。
その他にも無数の残虐地が点在し、もっとも多くの残虐が行われた地域「フーイエン省」を入れると犠牲者は約5千人にのぼる。よってベトナム全土で約500カ所、1万人から3万人の残虐があったと推定される。
なぜこれほどの民間人大量虐殺が、戦争犯罪として断罪されないのか。
忍耐強いベトナム人ゆえ、声高に糾弾しないためなのか―。
当然、戦時中の民間人大量虐殺は、「人道に対する罪」であり、重大な国際法違反事件であり、時効はない。
韓国軍によるこの事実が世界的に表沙汰になれば、戦争犯罪として裁かれることを免れることはできないだろう。
大量虐殺の動かぬ証拠
日本でも、アメリカでも、イギリスでもどこの国でもいい。
国内に100カ所とこれほど多くの慰霊碑が建立されている国はほかにない。
しかもすべての慰霊碑は「韓国軍」というたった1つの国の軍隊に対する虐殺の慰霊碑である。
ベトナム戦争の主人公であるアメリカ軍の慰霊碑はソンミ村一カ所だった。
これはアメリカ軍あソミン村以外、虐殺を起こさなかったからである。
つまりベトナム戦争における大量虐殺のほぼすべてが韓国軍によるものだ。
韓国軍にはそもそも「軍規」というものがあったのだろうか。
慰霊碑には、「憎悪の碑」「恨みの碑」「怒りの碑」と刻んであった。
現地では今も多くの人々が韓国に対するやり場のない怒り、悲しみ、絶望の念を語る。
韓国軍による最大級の残虐事件は、中部ビンディン省のビンアン大虐殺であった。
ビンアン慰霊碑には1004名が慰霊されている。
ビンアンの近くゴーザイという丘では、1時間で380人の殺戮があった。
これらの虐殺はすべて1966年、第二次世界大戦後の今からわずか48年ほど前の出来事だ。
フィーエン省では、虐殺が広範囲で数えきれないほど行われており、
この省だけで犠牲は2千~3千人と推定される。
慰霊碑がないのは、村人がほとんど虐殺され全滅状態となり、慰霊する人がいないため。
無残に殺され弔われなかった霊魂は、今も地上を彷徨ったままなのかもしれない。
アメリカではベトナム戦争を賛美する意見は圧倒的少数なのに対し、
韓国ではベトナム戦争は「共産主義との正義の戦い」として今でも肯定的意見が大勢だ。
韓国の江原道には、「ベトナム参戦勇士との出会いの場」というベトナム戦争を賛美する4万坪の広大な施設すらある。
これは韓国がベトナム戦争での民間人殺戮を反省もせず、
まして大量虐殺を謝罪するつもりも更々ないことの証明といえる。
自国の大量虐殺の史実を知りながら目を背けて隠ぺいを図り、慰安婦問題や
歴史問題を持ち出し、非人道の矛先を日本に向け、問題をすり替える韓国大統領。
河野談話が韓国とのすり合わせのもと、政治的利用のため史実が捻じ曲げられ、
その根拠や信憑性がないことが明らかとなった今、
韓国は虚偽の慰安婦喧伝活動を止め、
自国こそベトナム戦争での非人道性を認め、ベトナムに謝罪するべきではないだろうか。
この調査は筆者である昭和16年生まれの北岡俊明さん、同18年生まれの北岡正敏さんが、自らの足で各省の博物館を訪ね慰霊碑を探し出すところから始めた。
博物館で映したデジカメ写真を現地の人々に見せながら、
日中35度を超えるベトナムの農村地帯をしらみつぶしに歩いた。
連日朝八時から夕方7時まで、10日間歩き回って調査された。
古希を過ぎたお二人にとって、高温多湿の亜熱帯気候の中、
慣れない土地を歩き回るのは容易いものではない。
老齢に鞭打って、自分たちの意思だけで過酷な調査を続けたのは、
調査を進めていくにつれ、次々と明らかになる残虐非道ぶりに怒髪天を衝く思いだったからだ。
亡くなったベトナム人たちの無念を明らかにしなければならない―。
その思いに突き動かされ調査は敢行された。
1004人が虐殺されたビンアン大虐殺
上記に示したビンアン大虐殺は、
1966年1月23日から2月26日にビンディン省、テイソン県、テイビン社など
ビンアン周辺15カ所の村々で1004人の農民が韓国軍により虐殺された事件だ。
韓国軍の虐殺の中でも、もっとも大きな虐殺事件である。
一口に1004人の殺戮といっても悲惨さをイメージし難いかもしれない。
例えば、太平洋戦争時の空襲で、米軍が徳島市に行った空襲により、一晩で約1千人が焼死した。
それに対し、韓国軍の虐殺は、
目の前の人間を一人一人銃殺し、刺殺し、手りゅう弾で殺戮するものであった。
生身の人間が1004人一人一人の生身の人間を目の前にして殺していく。
身の毛のよだつような鬼畜の仕業である。
ビンアン慰霊碑には、虐殺を描いた壁画がある。
高さ3m、左右20mほどの巨大な壁画には、火に焼かれる裸の女性、強姦され悲しみにくれる若い女性とその母親、
女性や子どたちの死体で埋め尽くされた地面、韓国兵に怒り狂う白髪の老人の姿などが描かれている。
(壁画参照)



19カ所の慰霊碑を回り、現地の人々への取材で得た証言は、壁画にあらわされていた通りであった。
韓国兵が殺戮したのは、女性、子ども、老人などが中心で、特に女性と子どもが多かった。
女性は強姦し、妊婦は腹を裂いている。子どもは0歳児から10歳未満児が多く、
首を切り、手足を切断し、火に放り込み、残虐の限りを尽くしている。
戦争そのものが非人道的だが、その戦争が禁止している「民間人の大量虐殺」を
ここまで傍若無人に堂々とやってのけ、その過ちを顧みず、
世界もそれを知らずに断罪されていない国が他にあるだろうか。
戦争のどさくさに紛れて、韓国軍が行ったこの鬼畜のような悪行が
国際的に明らかになり、韓国はベトナムに謝罪し、自国の過ちを認めなければならない。
引用文献:「正論」産経新聞社出版・2014年7月号
筆者:北岡俊明 氏(シンクタンク戦略大学代表・日本ディベート研究協会会長)
北岡正敏 氏(神奈川大学名誉教授・京都大学工学博士)
ベトナム戦争に出兵し、民間人を大量虐殺した韓国軍。
現地には、被害者の追悼碑や残虐非道を描いた壁画が数多く残されている。
まだ国際的に明らかにされていない、韓国の人類史的犯罪を紹介する。
ベトナム戦争中の韓国軍による民間人大量虐殺の犠牲者の数は以下表1を参照ください。
(表1)

筆者が立ち上げた「韓国軍の戦争犯罪調査チーム」が平成25年9月と平成26年2月の二度にわたり
ベトナムを訪問調査した結果に基づく。それをベトナムの地図にプロットしたものが以下図1。
(図1)

調査した慰霊碑は19カ所、韓国軍により殺戮された犠牲者の名前がひとりひとり刻まれ、その数約2800人。
その他にも無数の残虐地が点在し、もっとも多くの残虐が行われた地域「フーイエン省」を入れると犠牲者は約5千人にのぼる。よってベトナム全土で約500カ所、1万人から3万人の残虐があったと推定される。
なぜこれほどの民間人大量虐殺が、戦争犯罪として断罪されないのか。
忍耐強いベトナム人ゆえ、声高に糾弾しないためなのか―。
当然、戦時中の民間人大量虐殺は、「人道に対する罪」であり、重大な国際法違反事件であり、時効はない。
韓国軍によるこの事実が世界的に表沙汰になれば、戦争犯罪として裁かれることを免れることはできないだろう。
大量虐殺の動かぬ証拠
日本でも、アメリカでも、イギリスでもどこの国でもいい。
国内に100カ所とこれほど多くの慰霊碑が建立されている国はほかにない。
しかもすべての慰霊碑は「韓国軍」というたった1つの国の軍隊に対する虐殺の慰霊碑である。
ベトナム戦争の主人公であるアメリカ軍の慰霊碑はソンミ村一カ所だった。
これはアメリカ軍あソミン村以外、虐殺を起こさなかったからである。
つまりベトナム戦争における大量虐殺のほぼすべてが韓国軍によるものだ。
韓国軍にはそもそも「軍規」というものがあったのだろうか。
慰霊碑には、「憎悪の碑」「恨みの碑」「怒りの碑」と刻んであった。
現地では今も多くの人々が韓国に対するやり場のない怒り、悲しみ、絶望の念を語る。
韓国軍による最大級の残虐事件は、中部ビンディン省のビンアン大虐殺であった。
ビンアン慰霊碑には1004名が慰霊されている。
ビンアンの近くゴーザイという丘では、1時間で380人の殺戮があった。
これらの虐殺はすべて1966年、第二次世界大戦後の今からわずか48年ほど前の出来事だ。
フィーエン省では、虐殺が広範囲で数えきれないほど行われており、
この省だけで犠牲は2千~3千人と推定される。
慰霊碑がないのは、村人がほとんど虐殺され全滅状態となり、慰霊する人がいないため。
無残に殺され弔われなかった霊魂は、今も地上を彷徨ったままなのかもしれない。
アメリカではベトナム戦争を賛美する意見は圧倒的少数なのに対し、
韓国ではベトナム戦争は「共産主義との正義の戦い」として今でも肯定的意見が大勢だ。
韓国の江原道には、「ベトナム参戦勇士との出会いの場」というベトナム戦争を賛美する4万坪の広大な施設すらある。
これは韓国がベトナム戦争での民間人殺戮を反省もせず、
まして大量虐殺を謝罪するつもりも更々ないことの証明といえる。
自国の大量虐殺の史実を知りながら目を背けて隠ぺいを図り、慰安婦問題や
歴史問題を持ち出し、非人道の矛先を日本に向け、問題をすり替える韓国大統領。
河野談話が韓国とのすり合わせのもと、政治的利用のため史実が捻じ曲げられ、
その根拠や信憑性がないことが明らかとなった今、
韓国は虚偽の慰安婦喧伝活動を止め、
自国こそベトナム戦争での非人道性を認め、ベトナムに謝罪するべきではないだろうか。
この調査は筆者である昭和16年生まれの北岡俊明さん、同18年生まれの北岡正敏さんが、自らの足で各省の博物館を訪ね慰霊碑を探し出すところから始めた。
博物館で映したデジカメ写真を現地の人々に見せながら、
日中35度を超えるベトナムの農村地帯をしらみつぶしに歩いた。
連日朝八時から夕方7時まで、10日間歩き回って調査された。
古希を過ぎたお二人にとって、高温多湿の亜熱帯気候の中、
慣れない土地を歩き回るのは容易いものではない。
老齢に鞭打って、自分たちの意思だけで過酷な調査を続けたのは、
調査を進めていくにつれ、次々と明らかになる残虐非道ぶりに怒髪天を衝く思いだったからだ。
亡くなったベトナム人たちの無念を明らかにしなければならない―。
その思いに突き動かされ調査は敢行された。
1004人が虐殺されたビンアン大虐殺
上記に示したビンアン大虐殺は、
1966年1月23日から2月26日にビンディン省、テイソン県、テイビン社など
ビンアン周辺15カ所の村々で1004人の農民が韓国軍により虐殺された事件だ。
韓国軍の虐殺の中でも、もっとも大きな虐殺事件である。
一口に1004人の殺戮といっても悲惨さをイメージし難いかもしれない。
例えば、太平洋戦争時の空襲で、米軍が徳島市に行った空襲により、一晩で約1千人が焼死した。
それに対し、韓国軍の虐殺は、
目の前の人間を一人一人銃殺し、刺殺し、手りゅう弾で殺戮するものであった。
生身の人間が1004人一人一人の生身の人間を目の前にして殺していく。
身の毛のよだつような鬼畜の仕業である。
ビンアン慰霊碑には、虐殺を描いた壁画がある。
高さ3m、左右20mほどの巨大な壁画には、火に焼かれる裸の女性、強姦され悲しみにくれる若い女性とその母親、
女性や子どたちの死体で埋め尽くされた地面、韓国兵に怒り狂う白髪の老人の姿などが描かれている。
(壁画参照)



19カ所の慰霊碑を回り、現地の人々への取材で得た証言は、壁画にあらわされていた通りであった。
韓国兵が殺戮したのは、女性、子ども、老人などが中心で、特に女性と子どもが多かった。
女性は強姦し、妊婦は腹を裂いている。子どもは0歳児から10歳未満児が多く、
首を切り、手足を切断し、火に放り込み、残虐の限りを尽くしている。
戦争そのものが非人道的だが、その戦争が禁止している「民間人の大量虐殺」を
ここまで傍若無人に堂々とやってのけ、その過ちを顧みず、
世界もそれを知らずに断罪されていない国が他にあるだろうか。
戦争のどさくさに紛れて、韓国軍が行ったこの鬼畜のような悪行が
国際的に明らかになり、韓国はベトナムに謝罪し、自国の過ちを認めなければならない。
強姦による被害者の特集が、現在産経新聞に連載されている。
強姦は人々の無意識の中で、暗黙に無視されやすい。声を大にして被害を叫びにくい。それはきっと日本の社会特有ではないにしろ、被害者にも落ち度があると、一般的に認識されているためだろう。
それらの連載を読んで、私も以前、友人2人から強姦されたと打ち明けられたことがあったことを思い出した。警察に付きだしても動いてくれないだろうという警察や国家権力に対する不信感や、時効はまだにしてもどうやって証明するのかといった司法の壁とか、「合意のもと」と被告に主張された場合に、なんと反論するのかとか、それが知人や上司、教授など利害関係や上下関係が存在する場合に、訴えることは被害者にとって圧倒的なリスクになる。
それでも日本は法治国家である。人の人権を蹂躙した者がのさばって偽善者面を下げて、明日もこれからもずっと何事もなかったように暮らしていていいわけがない・・・被害に遭った女性はそんな客観的なことは考えられないかもしれない。
それよりもまず自身への罪悪感や屈辱感、絶望感に襲われる。汚れたカラダをひたすら痛めつける自傷行為や、潔癖症になって何度も膣を洗ったり、体全体を一日中洗ったりする傾向がみられる。
知人ではなく通りすがりの人による強姦の場合、抵抗すれば殺すぞと脅され、それに対して命乞いし、解放されるまではと、自分も楽しんでいるようなそぶりを見せる女性もいる。私が強姦されたとしても、きっと同じような行動にでる気がする。ドラマや映画のように、抵抗して簡単に殺されるわけにはいかない。汚れたカラダでも生きてさえいれば、そのあと訴えて戦うこともできる。72時間以内なら産婦人科で大量のピルを摂取することで妊娠も避けられる。
無機質なタンタンと書き連ねられる事実はそうであるにしても、心は簡単にリセットはできないだろう。あのおぞましい光景がフラッシュバックして、それから毎日、一瞬たりとも逃れることはできない。正常な精神状態ではいられず、絶えず「死にたい」という気持ちにかられる。つまりそれまで過ごしてきた人生とは一転する。仕事や好きなことに没頭したり、大切な人を思って贈り物をしたり、友人と会って談笑したり、恋人とお互いを大切に思いあう温かな時間も、家族と過ごすささやかな時間も過ごせやしない。
今まで当たり前に感じていた幸せが、何一つ感じられなくなる。
強姦被害者の67%が知人からなされるという。またほとんどが泣き寝入りするために、年間どれだけの強姦が行われ、被害者がどれだけ存在するかを知るデータはない。
男性の性処理は、生理的欲求であるから、行わないとカラダに悪いとよく聞く。好きな相手でなくてもできる。その需要に対して、風俗という供給がある。一般女性も、性的なサービスに従事している女性と同じように、好きでもない男性と性交渉ができると認識するのか。ポルノの見すぎで、嫌がっているのも好きのうちと、痴漢や強姦を受けたい願望が女性にあると男性が勘違いするためなのか、私にはわからない。私が男性なら、映像やお店の中での出来事と、それ以外の社会とでの行動は混同して考えないだろうし、それを多くの人々は理解し、責任ある一社会人として行動している。それができない人とは一体どういう人なのだろう。
男性の意見を聞きたいものだ。
でもこの連載を読むまで、私の中にも無意識に被害者の落ち度を勘案している部分があった。例えば、真夜中に一人で歩いていたのでしょう?とか、仕事で遅くなったならまだしも、遊んでいたのでしょう?とか、ついていったのでしょ?とか車に乗ってしまったんでしょ?とか、夜の食事をOKしてしまったんでしょ?とか・・・
男性にとってそれらは「yes」であるし、女性にとってはそんなつもりはなかったと「no」になる。認識の違いといえばそれまでだが、上記に挙げたようなことは一般的な常識にすぎない。
強姦は刑法の殺人などに並ぶ重大犯罪に分類される。強姦目的で家に侵入してきた男に襲われた場合、被害者の落ち度は低いから、警察もメディアも直ちに動く。
だけれど、ナンパについていってしまったり、知人によるものだと、被害者の落ち度や複雑な関係が事情が認識され、一筋縄にいかないために、社会から黙殺されやすい。
声を大にして訴えれば、自分の落ち度を棚上げにして・・と逆に責められ、根も葉もない噂や誹謗中傷が飛び交って、社会的に抹殺されかねない。一層、傷口に塩を塗ることになる。
しかしいうまでもなく、家に上がろうが、ホテルに行こうが、車に乗ろうが何をしようが、その行為自体を了承したのであって、その先の性交渉を承認したものではないというのが刑法の解釈になる。ただ一落ち度として、被告の刑期に影響を与えるだろう。それでも、性交渉を嫌がれば、そこに合意は存在しないと解釈される。
そして勝訴し、法的、社会的に勝利したとしても、心と体の傷は消えない。また警察での事情聴取や裁判をおこす費用やエネルギー、膨大な時間の浪費、心身の健康、ストレス、大切な短い人生の使い方を考えると、やはり女性は自らを守るためにリスク回避をしなければならない。法治国家だから、夜道に堂々とミニスカートで一人で歩く権利があっても、イケメン男についていく自由があったとしても、いざというときのことを考えて、危険を避けるるのが利口にちがいない。警察もalsokも彼氏も旦那も父親も、いざというときにいつも身近にはいてくれないし、駆けつけたときには時すでに遅しであることがほとんどだからだ。
それかレスリングの吉田沙保里さんのような強靭なカラダを身につけるかのどちらかだろう。
そうした女性のリスク回避はもちろんだが、それと同時に、一部の男性がなぜ女性を性処理の道具として扱うような歪んだ認知をもっているのか、それをどうしたら変えられるのか。
また女性が泣き寝入りせず、訴えられるように、無関心でなく、正しい理解と関心をもった社会が醸成されるためにはどうしたらいいか、難しく問題を考えていきたい。
今回は自問自答で終わってしまった。全く答えがでないので、読者には一問題提起として受け止めてもらい、何か助言や意見をいただきたい。
強姦は人々の無意識の中で、暗黙に無視されやすい。声を大にして被害を叫びにくい。それはきっと日本の社会特有ではないにしろ、被害者にも落ち度があると、一般的に認識されているためだろう。
それらの連載を読んで、私も以前、友人2人から強姦されたと打ち明けられたことがあったことを思い出した。警察に付きだしても動いてくれないだろうという警察や国家権力に対する不信感や、時効はまだにしてもどうやって証明するのかといった司法の壁とか、「合意のもと」と被告に主張された場合に、なんと反論するのかとか、それが知人や上司、教授など利害関係や上下関係が存在する場合に、訴えることは被害者にとって圧倒的なリスクになる。
それでも日本は法治国家である。人の人権を蹂躙した者がのさばって偽善者面を下げて、明日もこれからもずっと何事もなかったように暮らしていていいわけがない・・・被害に遭った女性はそんな客観的なことは考えられないかもしれない。
それよりもまず自身への罪悪感や屈辱感、絶望感に襲われる。汚れたカラダをひたすら痛めつける自傷行為や、潔癖症になって何度も膣を洗ったり、体全体を一日中洗ったりする傾向がみられる。
知人ではなく通りすがりの人による強姦の場合、抵抗すれば殺すぞと脅され、それに対して命乞いし、解放されるまではと、自分も楽しんでいるようなそぶりを見せる女性もいる。私が強姦されたとしても、きっと同じような行動にでる気がする。ドラマや映画のように、抵抗して簡単に殺されるわけにはいかない。汚れたカラダでも生きてさえいれば、そのあと訴えて戦うこともできる。72時間以内なら産婦人科で大量のピルを摂取することで妊娠も避けられる。
無機質なタンタンと書き連ねられる事実はそうであるにしても、心は簡単にリセットはできないだろう。あのおぞましい光景がフラッシュバックして、それから毎日、一瞬たりとも逃れることはできない。正常な精神状態ではいられず、絶えず「死にたい」という気持ちにかられる。つまりそれまで過ごしてきた人生とは一転する。仕事や好きなことに没頭したり、大切な人を思って贈り物をしたり、友人と会って談笑したり、恋人とお互いを大切に思いあう温かな時間も、家族と過ごすささやかな時間も過ごせやしない。
今まで当たり前に感じていた幸せが、何一つ感じられなくなる。
強姦被害者の67%が知人からなされるという。またほとんどが泣き寝入りするために、年間どれだけの強姦が行われ、被害者がどれだけ存在するかを知るデータはない。
男性の性処理は、生理的欲求であるから、行わないとカラダに悪いとよく聞く。好きな相手でなくてもできる。その需要に対して、風俗という供給がある。一般女性も、性的なサービスに従事している女性と同じように、好きでもない男性と性交渉ができると認識するのか。ポルノの見すぎで、嫌がっているのも好きのうちと、痴漢や強姦を受けたい願望が女性にあると男性が勘違いするためなのか、私にはわからない。私が男性なら、映像やお店の中での出来事と、それ以外の社会とでの行動は混同して考えないだろうし、それを多くの人々は理解し、責任ある一社会人として行動している。それができない人とは一体どういう人なのだろう。
男性の意見を聞きたいものだ。
でもこの連載を読むまで、私の中にも無意識に被害者の落ち度を勘案している部分があった。例えば、真夜中に一人で歩いていたのでしょう?とか、仕事で遅くなったならまだしも、遊んでいたのでしょう?とか、ついていったのでしょ?とか車に乗ってしまったんでしょ?とか、夜の食事をOKしてしまったんでしょ?とか・・・
男性にとってそれらは「yes」であるし、女性にとってはそんなつもりはなかったと「no」になる。認識の違いといえばそれまでだが、上記に挙げたようなことは一般的な常識にすぎない。
強姦は刑法の殺人などに並ぶ重大犯罪に分類される。強姦目的で家に侵入してきた男に襲われた場合、被害者の落ち度は低いから、警察もメディアも直ちに動く。
だけれど、ナンパについていってしまったり、知人によるものだと、被害者の落ち度や複雑な関係が事情が認識され、一筋縄にいかないために、社会から黙殺されやすい。
声を大にして訴えれば、自分の落ち度を棚上げにして・・と逆に責められ、根も葉もない噂や誹謗中傷が飛び交って、社会的に抹殺されかねない。一層、傷口に塩を塗ることになる。
しかしいうまでもなく、家に上がろうが、ホテルに行こうが、車に乗ろうが何をしようが、その行為自体を了承したのであって、その先の性交渉を承認したものではないというのが刑法の解釈になる。ただ一落ち度として、被告の刑期に影響を与えるだろう。それでも、性交渉を嫌がれば、そこに合意は存在しないと解釈される。
そして勝訴し、法的、社会的に勝利したとしても、心と体の傷は消えない。また警察での事情聴取や裁判をおこす費用やエネルギー、膨大な時間の浪費、心身の健康、ストレス、大切な短い人生の使い方を考えると、やはり女性は自らを守るためにリスク回避をしなければならない。法治国家だから、夜道に堂々とミニスカートで一人で歩く権利があっても、イケメン男についていく自由があったとしても、いざというときのことを考えて、危険を避けるるのが利口にちがいない。警察もalsokも彼氏も旦那も父親も、いざというときにいつも身近にはいてくれないし、駆けつけたときには時すでに遅しであることがほとんどだからだ。
それかレスリングの吉田沙保里さんのような強靭なカラダを身につけるかのどちらかだろう。
そうした女性のリスク回避はもちろんだが、それと同時に、一部の男性がなぜ女性を性処理の道具として扱うような歪んだ認知をもっているのか、それをどうしたら変えられるのか。
また女性が泣き寝入りせず、訴えられるように、無関心でなく、正しい理解と関心をもった社会が醸成されるためにはどうしたらいいか、難しく問題を考えていきたい。
今回は自問自答で終わってしまった。全く答えがでないので、読者には一問題提起として受け止めてもらい、何か助言や意見をいただきたい。
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むぎ 俺は10歳になる前くらいから、結婚相手以外の女性とのSEXは、女性の人生を狂わせると強く教わっていた。
逆にその意識が強すぎて、付き合いも発展させれず未だに独身だ。
嫌がられても性交する。死ぬと解ってても酒を飲むし、恨まれると解ってても戦争する。
目先の快楽に我慢が出来ない。身近な恐怖にも耐えられない。
欲に対する我慢が出来ない者は、猿に近い。
人類とはまだその程度の“種”なのだ。
問題は、社会には理性的な“種”もいるのに、社会に訴える行動に出た時、社会に抹殺される事である。
過去に何人もの救世主が現れたが、“種”として未だ何も解決していない。
何千年も解決していない。
世の中とかなりタイムラグのある話題だけど、改めて彼女たちのしでかした事実を詳しく知る機会があった。
どちらの事件も被害者の多さや、世の中の常識からあまりにかけ離れた残虐非道な事件であったために、新聞や週刊誌などでも詳しくことの一部始終がとりあげられ、テレビも大々的に報道した。
だけれど、私の周りにどれだけこの話題に熱心に注意と関心を向けた人があっただろう。
少なくとも私はかなり後になって(正確には今になって)事件が風化したとき、本やNHKのドキュメンタリーによってはじめてこの事件の悲惨さを、初めて殺された人の殺される前の絶望を知り、どれほど苦しかったことか、無念だったことかと、思いを巡らせるに至った。
目や耳から入ってくる情報は大量だから、自然と自分にとって関係があるか、興味がある話題か、取捨選択していることは否めないけど、それでも一人の人間として、同じ日本人として、美代子に殺された被害者の一人、真莉子さんが私と同じ年であったこと、亡くなったときは2008年のクリスマス。
私が幸せの絶頂にいたとき、真莉子さんは2か月の監禁の末、亡くなった。
私はなんておめでたいんだろう。
世の中はなんて、きれいごとで塗り固められているのだろう。
多くの人は楽しい話題や華やかな世界や身の回りのことに夢中で、当事者のことなんて考えもしない。
殺された人は、ごく平凡などこにでもある家族だった。まじめで優しくてお人よしで、口下手でうだつのあがらない田舎のお父さん(確か横地家の次男)、連れ添ったお母さん。二人の娘に恵まれた。
無邪気で仲のいい姉妹だった。
そこに現れた遠い親戚の美代子。伯母の葬儀で初めて顔を合わせた。最初は些細な親族間のトラブルに思えた。
葬儀の費用のことで、喪主にケチをつけた美代子。相手の懐をみて葬儀費用を立て替えると言い出した。
それから、横地家の三男の借金を立て替える代わりに、美代子は2年足らずの間に、三男に家を売らせ、会社を辞めさせて、それらの金を巻き上げて、身ぐるみはがされた三男夫婦は夜逃げする。
その後、いろんな言いがかりをつけて横地家の長男・次男とその両親を狭い賃貸アパートに住まわせ、監禁し、毎日母親を虐待させた。70歳のふくよかだった母親は、毎日食事も水も与えられず、一日中立たされぱなしにされ、数か月後に死亡した。
長男と次男が自分を生み育てた母親をなぜ虐待しなければならなかったか。
それぞれの子供を美代子に人質に取られていた。そして、毎日ちゃんと虐待をしているかを長男・次男の妻に監視させていた。
母親は逃げることができた。実際、トイレの小さな窓から、近所の住人にか細い声で助けを求めている。
「今一人なら出ておいで。助けてあげるから」という住人に、「私だけ逃げるわけにはいかない。息子たちがどんな目に遭わされるかわからない」。
美代子はいつもバックにヤクザの存在をちらつかせていた。
物心つくころから、親と引き離され、美代子に育てられた子供たちは美代子になついた。
美代子は毎日、父親と母親の悪口を子供に吹き込み、子供は自分たちの親をひどく軽蔑した。
子供を人質にとられ、子の安否を思い、泣きながらもがき苦しみながら、自分を生み育ててくれた母親に手をあげる。
この壮絶な引き裂かれる思いはどんなものだろう。死ぬことよりも苦しいのではないかと思えるこの葛藤状態は、人が人として、大切な人を守りたいと思う気持ちの上に成り立つ。美代子はその人の一番弱くて繊細できれいな部分を利用している。
それから、長男夫婦は離婚。
次男夫婦は、四国の家を美代子に乗っ取られた。毎日繰り返される暴力、奴隷のように扱われ、夫は夫婦喧嘩に見せかけて、妻を逃がす。
が、美代子の手下が追ってきて、再び監禁され死亡。
長女・真莉子は、幾度となく脱出を試みるが、そのたびに追手から引き戻される。
たった一度だけ、2年間ほど美代子から逃れられたことがあった。
大阪で名前を変え、飲食店でアルバイトをしながら生計を立てていた。
免許の更新で地元に戻った。「次捕まったら、殺されるかもしれない」。友人にそう語りながら、心配して付き添ってくれた友人に、「でも免許がなくなったら、私の存在を証明するものが何もなくなってしまうから更新したい」と免許センターにいった。
美代子と真莉子の妹・ルイが待ち構えていた。
美代子に反抗し、何度も脱出を試みていた真莉子に対して、妹のルイは美代子に気に入られようと、姉の監禁に加担していた。
美代子の指示でルイが警察に家出した姉の捜索願いを出していて、免許センターに姉がきたことを警察が連絡したためだった。
真莉子は再び毎日暴力が振るわれ、監禁された末、26歳でこの世を去った。
大阪で真莉子と出会った友人は、真莉子がコンビニのおにぎりを食べながら「こんな幸せ初めて」と話していたという。ディズニーランドにいったとき、小さい子供の家族連れに「写真とらせてください」と言って、その写真をみて嬉しそうに笑っていた真莉子を今でも思い出すという。子供が大好きな優しい子だったと真莉子を語った。
おなかを痛めて産んだ子供を人質にとられ、自分の悪口を吹き込まれ、自分を親とも思わない子供をもつ母。
母親も妻も娘も奪われ殺された父親。
自分の無力さ、守ってやれなかったこと、「あのときこうしていたら・・・」絶え間なく脳裏をよぎる自分の判断ミスや勇気のなさ。
一人の女の横暴によって、どこにでもある平凡な家族が文字通り一家離散した。
彼女に出会っていなければ、今もいつもと変わらない、どこにでもある平凡な幸せな日々を過ごしていたのだろう。
美代子は獄中で舌をかんで自殺した。
獄中で美代子を知る者は、初めは家族(自分のではなく人から奪った子供たち)のことを自慢げに話していたという。ところが裁判が進むにつれて、信じていた家族が自分に不利な証言をし始めると、毎日独り言のように「おかしいおかしい」とぼやいて首をかしげていたという。
人の家族を奪い、めちゃくちゃにすることは厭わないのに、人の気持ちなんて虫けらのように扱う美代子が、
自分が人から奪って作り上げた家族が、自分を裏切り始めることには耐えられなかったというのか。
常識ある人からは到底理解できない、人の大切な人を奪うこと、人が一生懸命稼いだお金を奪うこと、どれも当たり前のようになす。微塵の同情も罪悪感もない。
常識のある人が、こういった人種と出会ったとき、そのあまりの粗暴な常識から逸脱した非道な方法で、支配し乗っ取ろうとされる。それに唖然としている間に、そちらのペースに押し流され、気付いたときには取り返しのつかないことになっているのかもしれない。
ふつうなら、だれか助けてくれるでしょ?警察に言えば大丈夫でしょ。
と思うが、この事件で、事件のあった県警や市警へは、40回にも及ぶ近所からの通報があった。しかし警察は動かなかった。「親族間の問題」「まだ事件になっていない(人が死んでいない)」「当人から被害届けがでていない」と動かなっかった。
法律上動かなくていいことになっている。法律が不備な上、必要最低限の公務しかしない。警察もしょせん公務員というわけで、無辜の市民を守ることはできなかった。
それどころか、真莉子さんの一件では、36回も近所から通報のある家族にも関わらず、何の疑いもなく真莉子さんの居場所を教え、殺させてしまった。
縦割りの事なかれ主義の警察の体質で、通報内容はもちろん共有されておらず、真莉子の居場所を伝えた警官にまで伝わっていなかったのだろう。
百歩譲って、組織に所属していれば、責任の所在はあいまいになり、誰もが無責任になりがちであるとしても、
官僚主義の彼らは通報内容を必ず文書にしているはずである。
ならば、36回も同じ家に関する近所からの通報があれば、「よっぽどだな」と思わないのだろうか。
普通の嗅覚をもっていれば、36回を軽視する方が難しい。「火のないところに煙は立たない」と思ってみてもよくないか。
日本は法治国家なはずである。人に危害を与える者を取締り、無辜の民を守るのが警察なはず。
警察という組織は、本来世のため人のため意識の強い人が入るところではないのか。
その自覚が高まるどころか、消え失せて欠如してしまう警察組織とは一体何なのか。機能しているといえるのか。税金泥棒にすぎないのではないのか。
落し物よりも、人の命が危険に晒されている方が重大だ。そのとき動かずして、警察といえるのか。
警察は肝心なときに動いてくれない。
年に1度も交通事故を起こしていない人の免許の更新を厳しく定めるのに、免許センターにはあれだけの警察官を配置するのに、死の危険が迫っている人には「まだ事件化していない」と一蹴していいのか。
よって警察は助けてはくれない。そう思って自分や周囲の大切な人に、いつ降りかかるかわからない惨事を覚悟しておいた方が賢明だと私は思う。
感情の矛先が定まらないまま、思うがままに書いてしまいましたがご容赦ください。
木嶋佳苗の話はまた後日。。
どちらの事件も被害者の多さや、世の中の常識からあまりにかけ離れた残虐非道な事件であったために、新聞や週刊誌などでも詳しくことの一部始終がとりあげられ、テレビも大々的に報道した。
だけれど、私の周りにどれだけこの話題に熱心に注意と関心を向けた人があっただろう。
少なくとも私はかなり後になって(正確には今になって)事件が風化したとき、本やNHKのドキュメンタリーによってはじめてこの事件の悲惨さを、初めて殺された人の殺される前の絶望を知り、どれほど苦しかったことか、無念だったことかと、思いを巡らせるに至った。
目や耳から入ってくる情報は大量だから、自然と自分にとって関係があるか、興味がある話題か、取捨選択していることは否めないけど、それでも一人の人間として、同じ日本人として、美代子に殺された被害者の一人、真莉子さんが私と同じ年であったこと、亡くなったときは2008年のクリスマス。
私が幸せの絶頂にいたとき、真莉子さんは2か月の監禁の末、亡くなった。
私はなんておめでたいんだろう。
世の中はなんて、きれいごとで塗り固められているのだろう。
多くの人は楽しい話題や華やかな世界や身の回りのことに夢中で、当事者のことなんて考えもしない。
殺された人は、ごく平凡などこにでもある家族だった。まじめで優しくてお人よしで、口下手でうだつのあがらない田舎のお父さん(確か横地家の次男)、連れ添ったお母さん。二人の娘に恵まれた。
無邪気で仲のいい姉妹だった。
そこに現れた遠い親戚の美代子。伯母の葬儀で初めて顔を合わせた。最初は些細な親族間のトラブルに思えた。
葬儀の費用のことで、喪主にケチをつけた美代子。相手の懐をみて葬儀費用を立て替えると言い出した。
それから、横地家の三男の借金を立て替える代わりに、美代子は2年足らずの間に、三男に家を売らせ、会社を辞めさせて、それらの金を巻き上げて、身ぐるみはがされた三男夫婦は夜逃げする。
その後、いろんな言いがかりをつけて横地家の長男・次男とその両親を狭い賃貸アパートに住まわせ、監禁し、毎日母親を虐待させた。70歳のふくよかだった母親は、毎日食事も水も与えられず、一日中立たされぱなしにされ、数か月後に死亡した。
長男と次男が自分を生み育てた母親をなぜ虐待しなければならなかったか。
それぞれの子供を美代子に人質に取られていた。そして、毎日ちゃんと虐待をしているかを長男・次男の妻に監視させていた。
母親は逃げることができた。実際、トイレの小さな窓から、近所の住人にか細い声で助けを求めている。
「今一人なら出ておいで。助けてあげるから」という住人に、「私だけ逃げるわけにはいかない。息子たちがどんな目に遭わされるかわからない」。
美代子はいつもバックにヤクザの存在をちらつかせていた。
物心つくころから、親と引き離され、美代子に育てられた子供たちは美代子になついた。
美代子は毎日、父親と母親の悪口を子供に吹き込み、子供は自分たちの親をひどく軽蔑した。
子供を人質にとられ、子の安否を思い、泣きながらもがき苦しみながら、自分を生み育ててくれた母親に手をあげる。
この壮絶な引き裂かれる思いはどんなものだろう。死ぬことよりも苦しいのではないかと思えるこの葛藤状態は、人が人として、大切な人を守りたいと思う気持ちの上に成り立つ。美代子はその人の一番弱くて繊細できれいな部分を利用している。
それから、長男夫婦は離婚。
次男夫婦は、四国の家を美代子に乗っ取られた。毎日繰り返される暴力、奴隷のように扱われ、夫は夫婦喧嘩に見せかけて、妻を逃がす。
が、美代子の手下が追ってきて、再び監禁され死亡。
長女・真莉子は、幾度となく脱出を試みるが、そのたびに追手から引き戻される。
たった一度だけ、2年間ほど美代子から逃れられたことがあった。
大阪で名前を変え、飲食店でアルバイトをしながら生計を立てていた。
免許の更新で地元に戻った。「次捕まったら、殺されるかもしれない」。友人にそう語りながら、心配して付き添ってくれた友人に、「でも免許がなくなったら、私の存在を証明するものが何もなくなってしまうから更新したい」と免許センターにいった。
美代子と真莉子の妹・ルイが待ち構えていた。
美代子に反抗し、何度も脱出を試みていた真莉子に対して、妹のルイは美代子に気に入られようと、姉の監禁に加担していた。
美代子の指示でルイが警察に家出した姉の捜索願いを出していて、免許センターに姉がきたことを警察が連絡したためだった。
真莉子は再び毎日暴力が振るわれ、監禁された末、26歳でこの世を去った。
大阪で真莉子と出会った友人は、真莉子がコンビニのおにぎりを食べながら「こんな幸せ初めて」と話していたという。ディズニーランドにいったとき、小さい子供の家族連れに「写真とらせてください」と言って、その写真をみて嬉しそうに笑っていた真莉子を今でも思い出すという。子供が大好きな優しい子だったと真莉子を語った。
おなかを痛めて産んだ子供を人質にとられ、自分の悪口を吹き込まれ、自分を親とも思わない子供をもつ母。
母親も妻も娘も奪われ殺された父親。
自分の無力さ、守ってやれなかったこと、「あのときこうしていたら・・・」絶え間なく脳裏をよぎる自分の判断ミスや勇気のなさ。
一人の女の横暴によって、どこにでもある平凡な家族が文字通り一家離散した。
彼女に出会っていなければ、今もいつもと変わらない、どこにでもある平凡な幸せな日々を過ごしていたのだろう。
美代子は獄中で舌をかんで自殺した。
獄中で美代子を知る者は、初めは家族(自分のではなく人から奪った子供たち)のことを自慢げに話していたという。ところが裁判が進むにつれて、信じていた家族が自分に不利な証言をし始めると、毎日独り言のように「おかしいおかしい」とぼやいて首をかしげていたという。
人の家族を奪い、めちゃくちゃにすることは厭わないのに、人の気持ちなんて虫けらのように扱う美代子が、
自分が人から奪って作り上げた家族が、自分を裏切り始めることには耐えられなかったというのか。
常識ある人からは到底理解できない、人の大切な人を奪うこと、人が一生懸命稼いだお金を奪うこと、どれも当たり前のようになす。微塵の同情も罪悪感もない。
常識のある人が、こういった人種と出会ったとき、そのあまりの粗暴な常識から逸脱した非道な方法で、支配し乗っ取ろうとされる。それに唖然としている間に、そちらのペースに押し流され、気付いたときには取り返しのつかないことになっているのかもしれない。
ふつうなら、だれか助けてくれるでしょ?警察に言えば大丈夫でしょ。
と思うが、この事件で、事件のあった県警や市警へは、40回にも及ぶ近所からの通報があった。しかし警察は動かなかった。「親族間の問題」「まだ事件になっていない(人が死んでいない)」「当人から被害届けがでていない」と動かなっかった。
法律上動かなくていいことになっている。法律が不備な上、必要最低限の公務しかしない。警察もしょせん公務員というわけで、無辜の市民を守ることはできなかった。
それどころか、真莉子さんの一件では、36回も近所から通報のある家族にも関わらず、何の疑いもなく真莉子さんの居場所を教え、殺させてしまった。
縦割りの事なかれ主義の警察の体質で、通報内容はもちろん共有されておらず、真莉子の居場所を伝えた警官にまで伝わっていなかったのだろう。
百歩譲って、組織に所属していれば、責任の所在はあいまいになり、誰もが無責任になりがちであるとしても、
官僚主義の彼らは通報内容を必ず文書にしているはずである。
ならば、36回も同じ家に関する近所からの通報があれば、「よっぽどだな」と思わないのだろうか。
普通の嗅覚をもっていれば、36回を軽視する方が難しい。「火のないところに煙は立たない」と思ってみてもよくないか。
日本は法治国家なはずである。人に危害を与える者を取締り、無辜の民を守るのが警察なはず。
警察という組織は、本来世のため人のため意識の強い人が入るところではないのか。
その自覚が高まるどころか、消え失せて欠如してしまう警察組織とは一体何なのか。機能しているといえるのか。税金泥棒にすぎないのではないのか。
落し物よりも、人の命が危険に晒されている方が重大だ。そのとき動かずして、警察といえるのか。
警察は肝心なときに動いてくれない。
年に1度も交通事故を起こしていない人の免許の更新を厳しく定めるのに、免許センターにはあれだけの警察官を配置するのに、死の危険が迫っている人には「まだ事件化していない」と一蹴していいのか。
よって警察は助けてはくれない。そう思って自分や周囲の大切な人に、いつ降りかかるかわからない惨事を覚悟しておいた方が賢明だと私は思う。
感情の矛先が定まらないまま、思うがままに書いてしまいましたがご容赦ください。
木嶋佳苗の話はまた後日。。
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警察
むぎ 民間企業が弱い中、安定性を求めて警察に就職する傾向にあると思う。
いわゆる、安定性重視の人材が集まり、自らの安定を犠牲にしてまで、正義は行わないのではないだろうか。
待遇について、安定性を排除すれば、有志の者が集まると思われるがどうだろうか?
事件について。
この場合、弱い者を狙ってのアクションと思うので、対処は外圧による阻止しかないのかな。
そうであれば、首謀者が精神異常ならば、責任の所在は警察に多くあるのだろうか?
むぎ 民間企業が弱い中、安定性を求めて警察に就職する傾向にあると思う。
いわゆる、安定性重視の人材が集まり、自らの安定を犠牲にしてまで、正義は行わないのではないだろうか。
待遇について、安定性を排除すれば、有志の者が集まると思われるがどうだろうか?
事件について。
この場合、弱い者を狙ってのアクションと思うので、対処は外圧による阻止しかないのかな。
そうであれば、首謀者が精神異常ならば、責任の所在は警察に多くあるのだろうか?
「なんで自分だけが叩かれなきゃいけないのですか?」
「キャプテンをしばけば、なんとかなると思ってるのですか」。
顧問の体罰を苦に自殺した大阪市立桜宮高校のバスケ部の男の子が、顧問に渡そうとしたけど、結局ほかの部員に止められて渡さなかった手紙に書かれていた訴え。
私にも思い当たる節がある。たぶん多くの人の胸の内にも、学生時代のしこりが残っているのかなと思う。
私の小学・中学時代は、いつも「なんで自分だけ?」と、怒られるたびに思っていた。
みんなやっているのに・・とか。
でもそれは大抵、悪いことをしている場合で、自分が運悪く目立ったり、見つかったりしてしまって、よく怒られたのだと思う。
でもそれは「なぜ怒られるのか」。それをわかっている場合はいいのだと思う。
だけれど、一生懸命やった結果がダメであったり、なぜ怒られるのかがわからない場合は、怒っても殴っても意味がない。
彼は言っている。彼は一生懸命やっている。精一杯やっている。
真面目にやっている生徒を追いつめれば、もう逃げ場はない。
殴る効果もない。むしろ萎縮し、恐怖におびえ、やる気が減退し、生きる意欲も失っていく。
自分ではどうしようもない、何をしたって殴られる。自分の能力じゃ先生の要求に応えられない。なんで殴られるかわからない。
そんな解決策のない、希望のない、痛みや屈辱だけが繰り返される行き止まりのトンネルを、人はそう長く歩いていられない。
高校生はまだ、自分が潰れてしまう前に、その苦痛から逃げたり、気張らしたり、憂さ晴らししたりする術を知らない。
殴っても意味ないのに、何も解決しないのに、どうして大人の先生はそれに気づけなかったのかな。子どもの夢を育むとか、子どもたちを育てるとか、そういう本来の教育とはほど遠い、自分の社会的地位とかメンツのためにやってたんだろうな。
それにしても、手段が悪すぎる。子どもは道具ですか。
答えはもう指導方法が悪いか、子ども達の能力と自分の要求に差がありすぎるかだけなのに。
私は高校生のとき、国語の時間に不意に学年主任に頭を叩かれたことがあった。
教師:「自習だから、何でもやっていいぞ」。
今思えば、自習タイムは先生の怠慢だと思うけれど、そのときはラッキーと思って次の授業の課題に取りかかった。
その矢先、急に後頭部に重たい衝撃があって、頭の上に何か鉄の塊が落ちてきたようで、何が起こったのかわからなかった。
見上げると、先生が怒って立っていた。
叩かれた箇所がしびれて、しばらくビリビリとした痛みが走っていた。
「なんでも」という言葉に錯誤があった。
私は国語以外の教科も含む「なんでも」と理解したが、先生の「なんでも」は国語の中の「なんでも」だった。
それでも、悪意をもってやっているのか、勘違いしているのかぐらい、生徒のこれまでの言動からみて、どちらのタイプかみてわかりそうなものだけど、
悪意か錯誤かわからなかったら、それは生徒に確認してから怒るべきだし、叩くほどのようなことでは全くなかったと今でも思う。
でもそのときの私はといえば、抗議するどころか、あまりの衝撃と先生に理解されない悲しみや、周囲の同情と好奇の目が自分に向けられていることを思う恥ずかしさで、涙が止まらなかった。
人前で怒られるということは、怒られること以上に第三者の目が苦痛を伴うのだと思う。
桜宮高校の男の子は、毎日毎日、日に数十回叩かれていたという。
「なぜ自分だけが?」と思いながら、みんなの前で見せしめのように殴られた。
負けるのは自分だけの責任ではないし、チーム全員の問題なのに、自分だけが殴られること。
自分は最善を尽くしているのに、頑張っているのに、それが先生に理解されないこと。
殴られても、もう自分の力では限界で、解決ができないこと。
先生がなぜ殴るのか、殴っても解決できないのに、先生がそれを理解していないし、先生には逆らえないし、誰も先生を止めてはくれないから、自分は明日もこれからもずっと殴られ続けること。
彼の命日はイヴだ。
彼の苦しみや悲しみ、絶望や無念を、クリスマスムード一色で染まる町の中でも、決して忘れずに思い出して心の教訓として刻まなければいけない。
「キャプテンをしばけば、なんとかなると思ってるのですか」。
顧問の体罰を苦に自殺した大阪市立桜宮高校のバスケ部の男の子が、顧問に渡そうとしたけど、結局ほかの部員に止められて渡さなかった手紙に書かれていた訴え。
私にも思い当たる節がある。たぶん多くの人の胸の内にも、学生時代のしこりが残っているのかなと思う。
私の小学・中学時代は、いつも「なんで自分だけ?」と、怒られるたびに思っていた。
みんなやっているのに・・とか。
でもそれは大抵、悪いことをしている場合で、自分が運悪く目立ったり、見つかったりしてしまって、よく怒られたのだと思う。
でもそれは「なぜ怒られるのか」。それをわかっている場合はいいのだと思う。
だけれど、一生懸命やった結果がダメであったり、なぜ怒られるのかがわからない場合は、怒っても殴っても意味がない。
彼は言っている。彼は一生懸命やっている。精一杯やっている。
真面目にやっている生徒を追いつめれば、もう逃げ場はない。
殴る効果もない。むしろ萎縮し、恐怖におびえ、やる気が減退し、生きる意欲も失っていく。
自分ではどうしようもない、何をしたって殴られる。自分の能力じゃ先生の要求に応えられない。なんで殴られるかわからない。
そんな解決策のない、希望のない、痛みや屈辱だけが繰り返される行き止まりのトンネルを、人はそう長く歩いていられない。
高校生はまだ、自分が潰れてしまう前に、その苦痛から逃げたり、気張らしたり、憂さ晴らししたりする術を知らない。
殴っても意味ないのに、何も解決しないのに、どうして大人の先生はそれに気づけなかったのかな。子どもの夢を育むとか、子どもたちを育てるとか、そういう本来の教育とはほど遠い、自分の社会的地位とかメンツのためにやってたんだろうな。
それにしても、手段が悪すぎる。子どもは道具ですか。
答えはもう指導方法が悪いか、子ども達の能力と自分の要求に差がありすぎるかだけなのに。
私は高校生のとき、国語の時間に不意に学年主任に頭を叩かれたことがあった。
教師:「自習だから、何でもやっていいぞ」。
今思えば、自習タイムは先生の怠慢だと思うけれど、そのときはラッキーと思って次の授業の課題に取りかかった。
その矢先、急に後頭部に重たい衝撃があって、頭の上に何か鉄の塊が落ちてきたようで、何が起こったのかわからなかった。
見上げると、先生が怒って立っていた。
叩かれた箇所がしびれて、しばらくビリビリとした痛みが走っていた。
「なんでも」という言葉に錯誤があった。
私は国語以外の教科も含む「なんでも」と理解したが、先生の「なんでも」は国語の中の「なんでも」だった。
それでも、悪意をもってやっているのか、勘違いしているのかぐらい、生徒のこれまでの言動からみて、どちらのタイプかみてわかりそうなものだけど、
悪意か錯誤かわからなかったら、それは生徒に確認してから怒るべきだし、叩くほどのようなことでは全くなかったと今でも思う。
でもそのときの私はといえば、抗議するどころか、あまりの衝撃と先生に理解されない悲しみや、周囲の同情と好奇の目が自分に向けられていることを思う恥ずかしさで、涙が止まらなかった。
人前で怒られるということは、怒られること以上に第三者の目が苦痛を伴うのだと思う。
桜宮高校の男の子は、毎日毎日、日に数十回叩かれていたという。
「なぜ自分だけが?」と思いながら、みんなの前で見せしめのように殴られた。
負けるのは自分だけの責任ではないし、チーム全員の問題なのに、自分だけが殴られること。
自分は最善を尽くしているのに、頑張っているのに、それが先生に理解されないこと。
殴られても、もう自分の力では限界で、解決ができないこと。
先生がなぜ殴るのか、殴っても解決できないのに、先生がそれを理解していないし、先生には逆らえないし、誰も先生を止めてはくれないから、自分は明日もこれからもずっと殴られ続けること。
彼の命日はイヴだ。
彼の苦しみや悲しみ、絶望や無念を、クリスマスムード一色で染まる町の中でも、決して忘れずに思い出して心の教訓として刻まなければいけない。
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Re: いつのまに
spaさん いつも見てくれてありがとう☆
言葉は感情だから、溢れてきて止まらなくなったら書かせてもらいます。(笑)
> お久しぶり~わかるかな?
> いつのまにか復活してるやん!(^^)!
> 不定期かなぁ~楽しみにしときやす♪
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Re: いつのまに
spaさん いつも見てくれてありがとう☆
言葉は感情だから、溢れてきて止まらなくなったら書かせてもらいます。(笑)
> お久しぶり~わかるかな?
> いつのまにか復活してるやん!(^^)!
> 不定期かなぁ~楽しみにしときやす♪

